ARTIST REVIEWS

Engineer/Studio

使用する機材を活かすためのツールとしてのケーブル、という考え方ですね。


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Artist Profile

Goh Hotoda
プロデューサー / ミックスエンジニア 1960年生まれ。東京都出身。
シカゴでキャリアをスタートし、1990年マドンナの『VOGUE』のエンジニアリングを務め、今ではポピュラーとなったハウス・ミュージックの基盤を作った。
その後ジャネット・ジャクソン、マーカス・ミラー、坂本龍一、宇多田ヒカルなどの一流アーティストの作品を手がけ、トータル5800万枚以上の作品を世に送り出す。
2度のグラミー賞受賞作品など世界的にも高い評価を受けている。
仕事を通じ10年来の付き合いのあった『REBECCA』のNOKKOと2001年に結婚後、Label 「GO and NOKKO」を設立、Philipee Saisse Trio “Body and Soul”は2005年billboard chart 1位を獲得。現在伊豆にICONをベースにしたMixing Roomを所持、Internetを介して世界中のアーティストのミキシングを手がける。
 
Official : http://hotoda.com/jp/index.html

 
2012年3月。Pro Tools HDXの導入を機会に、スタジオのリニューアルを敢行したGoh Hotoda氏。そのGoh Hotoda氏からリニューアルに際し、Pro Tools HDXシステムや、数々のアナログ・アウトボードを含むこのスタジオのフル・ワイヤリングの依頼を受けた。そして、このスタジオにカスタムされたワイヤリングが完成し、新たな作品が生み出された。これらのワークにおいて、オヤイデ電気の果たした成果を、Goh Hotoda氏本人に語ってもらった。

「使用する機材を活かすためのツールとしてのケーブル、という考え方ですね。」(Goh Hotoda)

OY:スタジオのリニューアル後にお伺いするのは初めてですが、具体的にどの様なワイヤリングが施されたのでしょうか。

Goh Hotoda:今回導入した8chマルチケーブルの「PA-08」は、バンタムパッチベイにすべて繋がっていて、すべてのアナログ・アウトボードと、Pro Tools HDXシステムのHD I/Oと192I/Oもここに立ちあがっています。事実上このスタジオの機材は、OYAIDE/NEOの「PA-08」でフルにワイヤリングされているということになりますね。パッチベイもELCOのものもあったんですが、「PA-08」の仕様にあわせて、すべて8chのD-SUB仕様に変更しています。

OY:24chのマルチから8chへの変更という点はいかがでしょう。

Goh Hotoda:8chというのは逆にフットワークが軽いというか、融通がきくのでやりやすいですね。ペアリングも決めやすかったですし。もちろんこのスタジオの機材にあわせて、端末や長さについてもオヤイデ電気でカスタム出来たという点も大きいです。

OY:ワイヤリングを含め、リニューアル後の使用感などを伺います。先日発売された、NOKKOさんのクリスマスアルバムは、すべてこのスタジオで作られたのですか?

Goh Hotoda:歌は全部ここで録りました。バックはシカゴで録ったんですけど、シカゴのスタジオにはPro Tools8しかなかったので、日本から持っていったPro Tools10で、コーラスやピアノを録りましたね。マイクはここからNEUMANNの184を持って、ケーブルもOYAIDE/NEOのものをいくつか持って行って。

OY:Vocal録りは全てこのスタジオとのことですが、常にこのFTVS-910を使用したマイクケーブル「AR-910」をお使いということなんですか?。

Goh Hotoda:そうです。もうこのケーブルで音を決めています。だからマイクはパッチベイを経由せず、マイクプリに直接つないでますね。この「AR-910」マイクケーブルはハイの表現が秀逸なんです。使っているNEUMANNのマイクがU87のVintageなので、多少ハイが下がる傾向があるんですが、この「AR-910」を使うとハイを補正しなくてもいい。古いマイクなので出力もそんなに高くはないし。

OY:マイクとケーブルが組み合わせ的に丁度良くなるのでしょうか。

Goh Hotoda:ほんと、丁度いいんですよ。抜けがよくて。

OY:Vintageの良い所が損なわれることなく出ているとも。

Goh Hotoda:足りない所を補完することで、結果的にいい所も引き出せているということでしょうね。そうやってVocalは全曲VintageのU87(NEUMANN)と「AR-910」の組み合わせで録って、ミックスまで仕上げて、9月にはマスタリングまで完了していました。

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デジタル側もHDXで進化して、アナログのアウトボードを存分に使用できる環境が整ったのだから、そこをつなぐケーブルが適当なものではいけないでしょう。(Goh Hotoda)


OY:マスタリングもこのスタジオで行ったのですか?

Goh Hotoda:すべてここで行いました。マスタリングが出来るようになったのは、ProToolsが10になって位相が完璧にぴたっと揃うようになって、プロセッシングの精度が以前と比べて格段にあがった。そこが一番のポイントですよね。 

OY:他にもGohさんは各所で、Pro ToolsのアップグレードはPro Toolsが以前24bitに対応した時や、192khzに対応した時のものよりはるかに衝撃が大きいとおっしゃっています。マスタリングまで出来るようになったというのは、この衝撃が具体的な事象として表れたということなのでしょうか。

Goh Hotoda:そういうことです。32bitの浮動小数点で処理をずっとしているということは、今までの24bit固定だと、よほど上手に録音しないかぎり切り捨てられてしまうような音もきちんと再現する。アナログのアウトボードを使用すると、それが如実にわかります。加えて、PA-08のような低ノイズでクオリティーの高いケーブルが繋がっていれば、そのアナログ機材の個々のノイズまでよく聴こえます。これだけデジタル側の受け皿が優秀であれば、意外と早くアナログのアウトボードを重用する時代が来るかもしれないですよ。

OY:Gohさんのブログを拝見すると、アナログの復活といったことを書かれていますが、それは今までのPro Tools環境ではアナログ機材の良さが十分に引き出せていなかったのだけれども、今回のアップグレードでこの点が解消された結果、ということなのでしょうか。

Goh Hotoda:その点がとても大きいです。それだけではく、Pro Tools10の HDXシステムと「PA-08」でのワイヤリングの組み合わせが絶妙だったということも、確かなんですよ。

OY:先程もお話に出ましたが、ここでマスタリングをするという明確なコンセプトが、最初からあったんですね。作業として従来のワークにプラスされる。

Goh Hotoda:そうそう。単純にスタジオをアップデートするだけではなく、ここでマスタリングをするという目的が明確にあったんです。マスタリングというのは、そのスタジオ独自のミキサーなんかを使用していたりするので、今まではそういった専門的なものを所有している、外のスタジオじゃないと出来なかった。ところがさっきお話した通りPro Toolsをアップグレードしたことで、今まで出来なかったMSマスタリングが出来るようになった。というのは、今まではMS処理をした後のセンターの音とサイドの音に、それぞれ違ったEQやコンプをかけたりすると、位相がズレてしまっていたんです。これではマスタリングは出来ない。Pro Tools10のHDXシステムではまったくそういうことがなく、位相は常にぴったりしている。

OY:技術の恩恵というか、技術の発達を活かしたリニューアルといえますね。普通、オーディオインターフェイスやAD/DAのようなハードウェアの発達こそ技術革新というイメージが強いんですけども、ハードではなく内部処理能力の向上がここまで劇的な結果をもたらして、新たな作業というか、仕事が出来てしまうんですね。

Goh Hotoda:特に内部処理能力の向上は本当に大きい。今までは処理をすればするほど、位相のクロストークや歪みが生じていたのですが、HDXになってその点が解消されたし、中の素材を外にだしてアナログで処理しても、位相の問題が生じない。

OY:この重要な過程を、OYAIDE/NEOの「PA-08」がつないでいるというのは、非常に光栄なお話です。

Exif_JPEG_PICTUREGoh Hotoda:デジタルだけでやれないことはないんだけれど、やっぱりアナログとの組み合わせが重要じゃないですか。デジタル側もHDXで進化して、アナログのアウトボードを存分に使用できる環境が整ったのだから、そこをつなぐケーブルが適当なものではいけないでしょう。これをつなぐケーブルも、デジタルとアナログの良さを損なわないものを選びたかったんです。
それに加えて、このスタジオはOYAIDE/NEOのケーブルが基準になって音作りされていますし、HDX用のHD I/Oからも「PA-08」がつながっているわけです。だから今回アウトボード含めたフル・ワイヤリングをするにあたって、「PA-08」を選ぶというのはごく自然な流れでしたね。しっかりしたケーブルを使わないと太い音も出ません。使用する機材を活かすためのツールとしてのケーブル、という考え方ですね。

OY:こういったデジタル技術の革新がアナログの良さをフックアップして、いわゆるプロレベルで出来ることが増えているという状況は、これから何かが変わっていくという流れを予感させますね。

Goh Hotoda:そうでしょ。だからケーブルもいろいろな使用場面に応じたチューニング、たとえば、プロの現場での忠実性もケーブルの大切な側面だけれども、さらに「AR-910」のような特徴のあるケーブル、”ハイの伸びが秀逸でヴィンテージマイクの足りないポイントを、EQを使わずに音を作れる、”こういったはっきりとしたキャラクターを打ち出していくことも、時代にマッチした手法として間違っていないでしょう。

OY:話はそのマイクケーブルに戻るのですが、銀線の「AR-910」のマイクケーブルはこのスタジオでは常設なんですね。これはNOKKOさんの声の特性にあわせてというチョイスなのですか?

Goh Hotoda:NOKKOの声にというのもありますが、やっぱりマイクの特性を考慮した組み合わせですね。ここのメインのNEUMANNの87Vintageには本当にぴったりです。

OY:このマイクケーブルは実はまだ商品化していないんです。実験的にいろんな現場でお使い頂いてフィードバックを頂いている段階です。ともするとマイク本体よりも高価なものになってしまうかもしれませんが。

Goh Hotoda:それでも、こういうプライベートスタジオのマイク録りの距離だったら、長さも3mから5mくらいでしょうから、良いと思いますよ。というのも、今新しい冒険をしようとしている人達というのは、音楽制作のこういった機材の導入やアップグレードなどに対して、プロデューサーとかミュージシャンといった現場の人間の方が貪欲だとききますね。だから安くて汎用性の高いグローバルなものよりも、「AR-910」マイクケーブルのような的の絞られた製品というのは良いと思う。将来的に「AR-910」はマイクケーブルとしてだけでなく、マスタリングコンソールを導入した際にも試してみたいですね。

OY:そういったマスタリング現場でこのケーブルが使われるというケースは今までないので、是非お話を伺いたいです。

Goh Hotoda:コンソールが設置されたら、「AR-910」を使ったマスタリングについてレポートしますよ。インサートに使用するのでケーブルの特徴やキャラクターが出て来るんです。「AR-910」を使うと、5kとかその辺りの帯域をEQで足したりしなくても、良い結果が得られるかもしれないですね。

OY:そういった点をよく理解していらっしゃらないと、ただハイ上がりでピーキーという印象で終わってしまったりして、うまく使いこなせないこともあり得ますね。

Goh Hotoda:そうかもしれない。以前NOKKOのカバーアルバム作った時も、「AR-910」持って行って録ったんですけど、その時はAKG-451でアコースティックギターも録ったんですよ。ただでさえ明るいキャラクターのマイクなんですけど、さらに輝きが増して。そうするとEQとかあまりしなくていいんですよね。他にはクラシックのホール録音なんかにもいいと思う。

OY:NEUMANN U87のヴィンテージにも良かったし、AKG451にも良かったというのは、キャラクターがはっきりしているのに意外と守備範囲が広い。

Goh Hotoda:特性がしっかりしているから、使いどころや使い方がきちっとしていればすごく有効ですよ。繰り返しになりますが、技術の進化によってそういったケーブルの特性がちゃんと再現されるようになったということなんです。昔だったら3MやAMPEXなどテープにも種類があったり、レコーダーもSTUDER以外にもあった。ある意味受け皿も多かったので、受け側との組み合わせや受け側の問題でケーブルの違いや良さというものが表に出にくかったんだと思います。

OY:今の時代の受け皿、フォーマットのレベルが格段に進化した故に、ケーブルの優劣が如実に出るんですね。

Goh Hotoda:歌を録っても以前であれば歪んでいたものが、HDXのダイナミックレンジの広さというのもあるけれども、ケーブルがようやく持っている性能の本領を発揮しはじめたいうことなんですよ。
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「みんなカットされるということに対し怖がってる。カットされたら音が細くなるんじゃないかって。」(Goh Hotoda)

Goh Hotoda:最近ちょっと思ったのは、デジタルって録音すると聞えない音も録音されているんですよね、周波数的に。それはもう可聴範囲、どこまで再生出来るか再生されないかは、インターフェイスによりけりだけれども、マイクから録音された音が入っているとすれば、フィルターを通さない限り無限に入っているわけじゃないですか。普通は20Hzから2万Hzとかいうけれども、2Hzや50万Hzなんかも入っているかもしれない。実音としては入っていないかもしれないけれど、倍音としては存在しているかもしれない。たぶんあると思う。聞えないとこもたくさんあると思うけれども、アナログだとそういうところ、例えば一番トップのHIGHはザーっていうテープヒスとして現れるし、下の方も音が割れちゃうようなところは収録できないから、そこは歪むことによって音を入れられないということがわかる。10Hzとかが入ってきたら完全に歪んでしまう。ところがデジタルだとずっと歪まないままなので、けっこう余分な音が一杯入っているってことに、気が付いてない人が多いかもしれないですね。大きな音の出しにくい簡易なところでMIXしていると、そういう余分な音が見えないから、いつまでも残ってしまいがちです。
 

OY:そうやって出来上がったものを、ハイエンドなシステムで聴くと”雑な音”となってしまう。

Goh Hotoda:そうそう、そういうMIXでできたCDなんかをハイエンドなシステムで聴くと、このCDはダメだ、ってなっちゃう。だからマスタリングもそういうところが大事なんです。エンドユーザーのリスニング環境にあわせて、小さいスピーカーでチェックするというのもわからなくもないですが、ボブ・ラディックのマスタリングスタジオで簡易システムでのチェックは、していないと思いますよ。

OY:先程の、アップグレードに興味があるのはクリエイト側の人間であるという指摘や、デジタルという技術力を冷静に分析考察してマスタリングに取り組まれるところ、今の再生環境のお話も然りで、Gohさんはクリエイティブなアプローチという意味で一貫していますよね。ブログを拝見しても、budgetの話を例に出されて、それこそ80年代の音楽製作は未来への投資である側面があったことをおっしゃっていたり。

Goh Hotoda:えぇ、そうなんですよ。簡単に言ってしまうと、不景気だとかどんどん業界がすぼまっていってしまう事情とか、ずっと昔からわかっていたことだと思うんです。たとえば今日ヒット曲が出ても次の日にはそうではなくなってるとか。「iTuneだから」「配信がメインになったから」「価格が安くなったから」、不景気になっているというわけではないと思います。そんなことはわかっていたことなんですよ。一番良くないのは、自分で仕事を作らない人が多いんです、テーマを作ったりね。マイク一つとっても、新しいマイクが出ました、とりあえずどんなものか試しました。そうじゃなくて、自分でプロジェクトをつくった上でのことでなければ、本当の意味で使えるチャンスも来ないし、本気で購入しようという気もおきないでしょう。 

OY:プロジェクトがあって、使うためのビジョンがあって、手に取って、

Goh Hotoda:何かをやろうと思ったらば、そこに投資するというわけではないけれど、時間も手間もかけて、前向きになって取り組むことによって、使い方がわかるわけじゃないですか。そういう気持ちがなくて、これはどんな音がするんだろう?って黙って手にとってマイクを見ていたって、何もおこらないですよ。マイクは録音するものなんだから。マイクを例に話しましたが、何事も自分でプロジェクトを作って進めないとね、やっぱり。そういう意味ではサウンドクリエーターの人たちの方が、確固たる意思や目的があるから、先ほどの現場の人の方が貪欲、という印象が強くなるんでしょう。

OY:エンジニアの中でもGohさんはそういったクリエーターに近い発想ですよね。

Goh Hotoda:そうかもしれないですね。プロジェクトを作って動きますから。
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OY:以前なにかの本で読んだのですが、1993年のYMOの再生アルバム「TECHNODON」のGohさんのミキシングについて、”ホログラフィックなミックス”、という表現があったんです。実は先程お話頂いた、MSマスタリングへのアプローチにも通じているのかな、とちょっと思ったんです。立体感や奥行き感とか、そういう横だけではなく縦の関係まで意図したミキシングを指しての”ホログラフィック”という表現で、作り手に近い感覚でミキシングをされていて、結果そういう印象になるのだろうなと思うんです。

Goh Hotoda:やっぱりただ音を並べるだけではつまらないですからね。それと立体や広がりという点でいえば、ソフトウェアもどんどん進化しているんですよ。たとえばPANの幅というのがあって、このPANの幅が今までPro Toolsは2.5しかなかったんです、左2.5右2.5。ちなみにNEVEは6、SSLは4.5。今度のPro Toolsはそこまで選ぶことが出来ます。結果として、ものすごくたくさんスペクトラムが使えるんですよ。アナログでミックスするように出来るようになってきた。他にも昔はサイドチェーンも出来なかったのですが、それが簡単に出来るようになったのが、PT7くらいからですかね。

OY:音楽でもサイドチェーンを上手く利用したミックスというか、LCD SOUNDSYSTEMのトラックのような面白い効果を狙ったもの、そういう楽曲がすごく増えた時期とちょうど合致している気がします。

Goh Hotoda:そうでしょうね。今までは外でノイズゲートとか使わないと出来なかったことが、単純にPro Tools上で出来るようになったから。以前はそのためにチャンネルを一本用意して、サイドチェーン用のEQをかけたり、少し前にズラしたり。機材によってかかるタイミングが違くて、SSLはちょっと早いとか。
 

OY:それはそれで楽しそうですけどね。

Goh Hotoda:うんうん。アナログのね。でも単純にデジタルの方が早いですよ。あっという間ですよ。出来なかったことが出来るようになって、だれもアナログの話をしなくなっちゃったから。でも逆に、ミキシングする時にベースとかを敢えて外に出してアナログのEQなんかを通したりすると、アナログのEQに通らない周波数がフィルタリングされて帰ってくるんです。20hzとか10hzとかがカットされて。でも外のアナログには入る量というか、扱える帯域、歪んでしまうところはカットされるけれども、その器に情報が凝縮されることで結果的に音が太くなって帰ってくる。でもみんなカットされるということに対し怖がってる。カットされたら音が細くなるんじゃないかって。

OY:逆説的にアナログによる音の太さを証明するお話ですね。EQでのカット、という意味ではプラグインでカットすることとはまた違うんでしょうか。

Goh Hotoda:プラグインではわからないと思いますよ、きっと。レベルが小さくなっているのか、選んだ音の帯域がカットされているのか、わからないと思うんです。単純に小さくなっちゃったからこれはダメだ、とか。アナログのアウトボード、EQなんかは下が通らない分、まとまったところに音の成分が集中して抽出されていくわけで、それはやっぱり太い音が形成されたとみていいでしょう。この効果はプラグインでは表現出来ないです。プラグインでの処理の場合、100からのカットでしかないために細くなる。こういった違いも、大きな音で聴かないとわからないですよ。ちょっと攻撃的な言い方になってしまうけど、簡易的な環境ではなく、ちゃんと大きな音の出せる環境でミックスしないとだめでしょう。音の違いや、どこまで入れると歪むとか、そういったことがわからないまま、気付かないまま進んでしまう危険性がある。

OY:いずれNEVEの卓がもっと前に出てくることもありえそうですね。

Goh Hotoda:このNEVEの卓もコンデンサーを変えたりして、手を入れているんですよ。卓用の「PA-08」も全部繋げる予定で作ってあるんですが、どうせなら内部配線まで手を入れようと思っていて。以前もこのNEVEでパーツ単位ではミックスしたことがあるんですが、どうしてもモジュールに個体差があったりして同じ音が出ないこともあるので、メインではちょっとキビシかった。そういったこともあって、このNEVEが前線に出てくるのはまだ10年くらい先かな、と思っていたんですけど、本当に意外と早く来るかもしれないですね。周辺環境が整ってきたわけだから。
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「ただ一貫して言えるのは、アナログでのプロセッシングは音が良いですよ。」(Goh Hotoda)

OY:このスタジオは、デジタルもアナログも完全に同じ地平で進んでますよね。現代にマッチするように融合されているというか。とかくデジタルvsアナログという対立軸で物事を語ることが多いのですが。

Goh Hotoda:デジタルの観点から言っても、アナログの長所が存分に語れる今の状況は、裏を返すとごまかせなくなってきているということなんです。結果に出てしまうんですよ。

OY:先程も話にでたbudgetの話にも通じているように思います。

Goh Hotoda:そういうことなんです。ダイレクトに人気が出るとか出ないとか、売り上げがあるとかないとか。たとえばマスタリングによる違いひとつとっても、日本盤と輸入盤で違うこともあるんです。どちらが良いとか、そういうことではなく、やる人によって差がものすごく出るプロセスということなんです。もちろんアルバムという作品によって、手法を変えたりもします。ここではもう2作品マスタリングしましたが、NOKKOのクリスマスアルバムは半分デジタル半分アナログで、デジタル領域を上手く活用して、大きな音を作ったといえます。もう一枚の下地暁のアルバムは、MASELECのマスタリングコンソールとアナログアウトボードだけで、ダイナミックレンジを十分にとって仕上げています。参考に、例えばこの50年代のレコード。これはFairchildでのマスタリングでしょう。おそらく録りも真空管の機材で録っている。

OY:この音は、密度が濃いというか質量があるというか、単純に音が大きい印象を受けます。

Goh Hotoda:そうでしょ。NOKKOのクリスマスアルバムはこれをイメージしてマスタリングしたんです。全体の音の密度もあって、声が大きい。これに対して70年代のクルセイダースはマルチマイクでの録音で分離が上がっている。これもマスタリングはFairchildじゃないでしょうか。そして80年代のPOLICE。この頃3Mのデジタルテープレコーダーが現れて、レンジもひろがってクリアになっていきます。

OY:年代によってという言い方になりがちですが、これは技術の変化がそのまま音楽に反映されていることがわかります。技術年表のような。

Goh Hotoda:さらに時代が近くなるとマルチのチャンネル数も多くなって、扱う情報量が多くなってくる。そこでマスタリングにも知恵と工夫が必要になってくる。そしてレコードからCDに変化していくわけです。でも今まで時代を追って聴いてきて、一番音が大きかったのは、実は最初に聞いた50年代のレコードだったでしょ。それから音をたくさん入れられるようになって音も大きくなるはずなのに、逆にどんどん小さくなってくっていう。ただ一貫して言えるのは、アナログでのプロセッシングは音が良いですよ。

OY:デジタルがダメとか懐古主義なものではなくて、

Goh Hotoda:技術的に今までにないくらい整ったデジタル環境での音作りとして、どういう音を目指すか。それがアナログの音が基準だと僕は思うんです。こういう音楽を作ってさえいれば、絶対人に聴いてもらえると思いますね。でっかい音で聴いても小さい音で聴いてもちゃんと空気を振動させる音楽。ちゃんと空気が振動するためにはそれなりのものが必要になってきます。それにまず場所も必要ですしね。そういう音を鳴らす場所がないというのは言い訳に過ぎないと思うんです。
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OY:Gohさんのやられているマスタリングへのアプローチというか、造詣は、面白いですね。イメージが覆ります。

Goh Hotoda:そうでしょ。音を作るところは非常にクリエイティブなんですけれども、曲を並べたりするのはね、ちょっと事務的なんですよね。フェードをくっつけてPQを打ったりするんですが、ちょっとでもズレちゃうと”書けません”っていうエラーが出ちゃったり。他にもテキストデータを打ち込んだり。

OY:マスタリングは遡るとアナログレコードのカッティングの時のローエンドのコンプ処理だったり、そもそもレコード盤を作る工程であるんですけど。

Goh Hotoda:レコードでいえば針飛びするような盤は、マスタリングが悪いっていうことですからね。

OY:アナログレコードの製作工程から始まって、音圧を上げるとか突っ込むというデジタル時代のもの、今日ではMSマスタリングという積極的な音作りまで発展していて、そこにはもちろんPQを打つという行為もあるわけで。マスタリングという言葉の概念は、人によって捉え方が様々でしょうね。

Goh Hotoda:いろんなイメージがあると思います。それと、配信目的のマスタリングというのもどうかなと思うんです。たとえばCDが売れないからってbudgetも取らずに、その結果クオリティーを下げてしまうということは、しっかりとした機材やデジタルのアップグレード、音を出す環境、こういった現場の音作りに対する重要事項、”クリエイティビティー”を無視する格好になっちゃうんです、どんどん。

OY:それはもう録りやミックスの段階でも言えることですね。

Goh Hotoda:音楽を作る体質とか姿勢とか、そういうところから考えないと。デジタルがダメだ、アナログがダメだって言っているわけではないんです。両方とも上手に使わないといけない、今の時代は。いくらアナログの音が良いといっても、アナログだけで出来るものではないし。

OY:そういう意味でも、このスタジオは確実にうまく融合する方向に向かっているように感じます。

Goh Hotoda:そうですね。ここのスタジオは6年目なんですよ。最初はね、5年たったらどうなるだろう、っていうビジョンを考えてはいたんだけど、マスタリングを自分のスタジオでやるとは考えていなかったですね。それは別種の仕事だと思っていましたから。

OY:そう思いますよね。

Goh Hotoda:ここまでCDが売れないというのも言い方が良くないけど、意図した通りにならなくなってきたならば、自分で最後まで責任持って作らないと。問題を人のせいにできないですよね。人がマスタリングして売れないんだったら、マスタリングが悪いんだって言えるかもしれないけど(笑)。
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OYAIDE/NEOによるワイヤリングの狙いとその効果の話題にとどまらず、普遍的なアナログの利点とデジタル技術の融合、それによって生まれる可能性を察知し、自らプロジェクトを立ち上げて新しい作品を作り出していくという、ダイナミックでリアリティーのあるお話を伺うことが出来た。
いつの時代も音楽に対しフラット、且つ真摯に向き合う氏の現在地をお伝え出来たのではないだろうか。

【Interview & Text:Kenji Takechi, Photo:Daisuke Kurihara 】

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