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「みんなカットされるということに対し怖がってる。カットされたら音が細くなるんじゃないかって。」(Goh Hotoda)
Goh Hotoda:最近ちょっと思ったのは、デジタルって録音すると聞えない音も録音されているんですよね、周波数的に。それはもう可聴範囲、どこまで再生出来るか再生されないかは、インターフェイスによりけりだけれども、マイクから録音された音が入っているとすれば、フィルターを通さない限り無限に入っているわけじゃないですか。普通は20Hzから2万Hzとかいうけれども、2Hzや50万Hzなんかも入っているかもしれない。実音としては入っていないかもしれないけれど、倍音としては存在しているかもしれない。たぶんあると思う。聞えないとこもたくさんあると思うけれども、アナログだとそういうところ、例えば一番トップのHIGHはザーっていうテープヒスとして現れるし、下の方も音が割れちゃうようなところは収録できないから、そこは歪むことによって音を入れられないということがわかる。10Hzとかが入ってきたら完全に歪んでしまう。ところがデジタルだとずっと歪まないままなので、けっこう余分な音が一杯入っているってことに、気が付いてない人が多いかもしれないですね。大きな音の出しにくい簡易なところでMIXしていると、そういう余分な音が見えないから、いつまでも残ってしまいがちです。

OY:そうやって出来上がったものを、ハイエンドなシステムで聴くと”雑な音”となってしまう。

Goh Hotoda:そうそう、そういうMIXでできたCDなんかをハイエンドなシステムで聴くと、このCDはダメだ、ってなっちゃう。だからマスタリングもそういうところが大事なんです。エンドユーザーのリスニング環境にあわせて、小さいスピーカーでチェックするというのもわからなくもないですが、ボブ・ラディックのマスタリングスタジオで簡易システムでのチェックは、していないと思いますよ。

OY:先程の、アップグレードに興味があるのはクリエイト側の人間であるという指摘や、デジタルという技術力を冷静に分析考察してマスタリングに取り組まれるところ、今の再生環境のお話も然りで、Gohさんはクリエイティブなアプローチという意味で一貫していますよね。ブログを拝見しても、budgetの話を例に出されて、それこそ80年代の音楽製作は未来への投資である側面があったことをおっしゃっていたり。

Goh Hotoda:えぇ、そうなんですよ。簡単に言ってしまうと、不景気だとかどんどん業界がすぼまっていってしまう事情とか、ずっと昔からわかっていたことだと思うんです。たとえば今日ヒット曲が出ても次の日にはそうではなくなってるとか。「iTuneだから」「配信がメインになったから」「価格が安くなったから」、不景気になっているというわけではないと思います。そんなことはわかっていたことなんですよ。一番良くないのは、自分で仕事を作らない人が多いんです、テーマを作ったりね。マイク一つとっても、新しいマイクが出ました、とりあえずどんなものか試しました。そうじゃなくて、自分でプロジェクトをつくった上でのことでなければ、本当の意味で使えるチャンスも来ないし、本気で購入しようという気もおきないでしょう。

OY:プロジェクトがあって、使うためのビジョンがあって、手に取って、

Goh Hotoda:何かをやろうと思ったらば、そこに投資するというわけではないけれど、時間も手間もかけて、前向きになって取り組むことによって、使い方がわかるわけじゃないですか。そういう気持ちがなくて、これはどんな音がするんだろう?って黙って手にとってマイクを見ていたって、何もおこらないですよ。マイクは録音するものなんだから。マイクを例に話しましたが、何事も自分でプロジェクトを作って進めないとね、やっぱり。そういう意味ではサウンドクリエーターの人たちの方が、確固たる意思や目的があるから、先ほどの現場の人の方が貪欲、という印象が強くなるんでしょう。

OY:エンジニアの中でもGohさんはそういったクリエーターに近い発想ですよね。

Goh Hotoda:そうかもしれないですね。プロジェクトを作って動きますから。
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OY:以前なにかの本で読んだのですが、1993年のYMOの再生アルバム「TECHNODON」のGohさんのミキシングについて、”ホログラフィックなミックス”、という表現があったんです。実は先程お話頂いた、MSマスタリングへのアプローチにも通じているのかな、とちょっと思ったんです。立体感や奥行き感とか、そういう横だけではなく縦の関係まで意図したミキシングを指しての”ホログラフィック”という表現で、作り手に近い感覚でミキシングをされていて、結果そういう印象になるのだろうなと思うんです。

Goh Hotoda:やっぱりただ音を並べるだけではつまらないですからね。それと立体や広がりという点でいえば、ソフトウェアもどんどん進化しているんですよ。たとえばPANの幅というのがあって、このPANの幅が今までPro Toolsは2.5しかなかったんです、左2.5右2.5。ちなみにNEVEは6、SSLは4.5。今度のPro Toolsはそこまで選ぶことが出来ます。結果として、ものすごくたくさんスペクトラムが使えるんですよ。アナログでミックスするように出来るようになってきた。他にも昔はサイドチェーンも出来なかったのですが、それが簡単に出来るようになったのが、PT7くらいからですかね。

OY:音楽でもサイドチェーンを上手く利用したミックスというか、LCD SOUNDSYSTEMのトラックのような面白い効果を狙ったもの、そういう楽曲がすごく増えた時期とちょうど合致している気がします。

Goh Hotoda:そうでしょうね。今までは外でノイズゲートとか使わないと出来なかったことが、単純にPro Tools上で出来るようになったから。以前はそのためにチャンネルを一本用意して、サイドチェーン用のEQをかけたり、少し前にズラしたり。機材によってかかるタイミングが違くて、SSLはちょっと早いとか。

OY:それはそれで楽しそうですけどね。

Goh Hotoda:うんうん。アナログのね。でも単純にデジタルの方が早いですよ。あっという間ですよ。出来なかったことが出来るようになって、だれもアナログの話をしなくなっちゃったから。でも逆に、ミキシングする時にベースとかを敢えて外に出してアナログのEQなんかを通したりすると、アナログのEQに通らない周波数がフィルタリングされて帰ってくるんです。20hzとか10hzとかがカットされて。でも外のアナログには入る量というか、扱える帯域、歪んでしまうところはカットされるけれども、その器に情報が凝縮されることで結果的に音が太くなって帰ってくる。でもみんなカットされるということに対し怖がってる。カットされたら音が細くなるんじゃないかって。

OY:逆説的にアナログによる音の太さを証明するお話ですね。EQでのカット、という意味ではプラグインでカットすることとはまた違うんでしょうか。

Goh Hotoda:プラグインではわからないと思いますよ、きっと。レベルが小さくなっているのか、選んだ音の帯域がカットされているのか、わからないと思うんです。単純に小さくなっちゃったからこれはダメだ、とか。アナログのアウトボード、EQなんかは下が通らない分、まとまったところに音の成分が集中して抽出されていくわけで、それはやっぱり太い音が形成されたとみていいでしょう。この効果はプラグインでは表現出来ないです。プラグインでの処理の場合、100からのカットでしかないために細くなる。こういった違いも、大きな音で聴かないとわからないですよ。ちょっと攻撃的な言い方になってしまうけど、簡易的な環境ではなく、ちゃんと大きな音の出せる環境でミックスしないとだめでしょう。音の違いや、どこまで入れると歪むとか、そういったことがわからないまま、気付かないまま進んでしまう危険性がある。

OY:いずれNEVEの卓がもっと前に出てくることもありえそうですね。

Goh Hotoda:このNEVEの卓もコンデンサーを変えたりして、手を入れているんですよ。卓用の「PA-08」も全部繋げる予定で作ってあるんですが、どうせなら内部配線まで手を入れようと思っていて。以前もこのNEVEでパーツ単位ではミックスしたことがあるんですが、どうしてもモジュールに個体差があったりして同じ音が出ないこともあるので、メインではちょっとキビシかった。そういったこともあって、このNEVEが前線に出てくるのはまだ10年くらい先かな、と思っていたんですけど、本当に意外と早く来るかもしれないですね。周辺環境が整ってきたわけだから。
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